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2005年5月30日 (月)

植物園にいってきました

天気が良かったので、神代植物園にいってみました。
2週間近くびっしりと、図面に向かう日々が続いたので、今日は心と身体の休養日!

今はバラ園が盛りで、大勢の人が品種改良した大輪のばらを観に来ていました。
大きな花も素敵なのですが、原種の小さな野ばらたちが植えられている庭に惹かれました。
ひとけの少ない雑木の林で、じっと木々の動きをみつめていると、本当に身体がほぐれてくるから不思議です。
一つ懐かしいものを見つけました!野いちご。子供の頃、通学路の途中の畑道にたくさん生えていました。
友達と一緒に、熟した真っ赤なのを選んでは口にほおばって帰ったことを思い出しました。
きっと今なら、「汚いからだめ!」といわれそうな遊びをたくさんしていたものです。
でも、子供はそうやって、自然といろいろなエネルギーを交換しあって成長するものなのかもしれません。

そんなことを思いつつ、木陰でごろんとしながら、本を読んでいました。
ちょうど読んでいる本が、ワイル博士の本だったので、本に書いてある呼吸法を試しながら。
自然治癒の方法を薦めている先生で、西洋医学の物質主義的な治療は一面的で、今の難病を治すことはできない、人は身体性、精神性、霊性から成り立つ生き物だという考え方から、簡単にはじめられる8週間改善プログラムを提案している。私もやってみようかな!
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2005年5月20日 (金)

化学物質過敏症患者会に参加して

97年から年1回開かれている会合で、今回は8回目。
厚生労働省では「シックハウス症候群」という病名は認められたものの、いまだ「化学物質過敏症」(CS,もしくはMCS)というものの存在を認められていない。
現在国はシックハウス症候群の診療施設を全国に整備している。そのうちの一つ国立相模原病院の臨床環境医学センターから長谷川医師が講演した。
超清浄空気に保たれたセンターでの診療の様子、保険医療の限界などについてお話された。これはいつものとおりといった感じを受けたが、面白かったのは、CS患者さんの静脈血には酸素が多くのこっているというものだった。本来なら動脈で運ばれた酸素は末端でエネルギーとして使われ、静脈の血は酸素が少なくなっているのが普通なのに、患者さんの静脈はまるで動脈のように酸素を残しているというのだ。これは、おそらく末端細胞での酸素のやり取りがうまくいっていないことを示しているのではないかと先生は話していた。患者さんの多くが尋常でなく冷え性であることの理由を一つ見つけたような気がした。

また東京共済病院の乳腺外科部長の馬場紀行医師の発表では、医師としてはじめて接したCS患者に施した乳がんの外科手術の難しさを知った。なにせ麻酔や消毒がだめなので手術はとても難しいのだ。よく私も患者さん達からその話を聞くので、「CSになったら、他の病気にはなれないわね」などと冗談めいたことを言っていた。この医師はとても率直に自分の知らないCSという症状と向き合い、いろいろな情報を掻き集め、この女性患者のために最善を尽くそう動いたこと、他の医師もどんなに知らない症状であっても常に患者の言葉に耳を傾けることの大切さを訴えていた。 ちなみに麻酔につかえるのは、現代のものではなく、過去の遺物となっているいわゆる麻薬とのこと。縫い合わせる糸は、絹糸。あらゆる「余分な」プロセスを排除して行われた手術は成功し、患者さんも元気にしておられた。
じゃあ、普通の人にも「余分な」ことをしなければいいのに。現代の過剰医療の一面を見た気がしました。

他、さまざまな患者家族からの相談が出てきたが、お医者さんが治せない状況の中、患者さんたちは建物や食べ物をなんとか工夫するしか日々をすごす手立てがない。それが第1回の会合から何等変わっていないこと、さらに、発症する人の年齢が下がっていることを感じた。私達建築分野で改善できることには限界があるし、最善を尽くしてやってみても、患者さんの体調によっては住めていた場所に住めなくなることも起きる。
ただ、今までのような建築の建材を使い続けていれば、必ずCS患者は増えてしまうと思うので、自然の摂理にあった住まいのあり方をこれからも実践していくことが、私達の唯一できることと思う。

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2005年5月 9日 (月)

分子矯正医学って?

4月の後半に京都に行ってきました。そこに本拠をおき、薬品ではなく、食事や栄養の摂りかたによって、人の身体、心の慢性的な問題を解決することを提唱している杏林予防医学研究所の山田豊文先生にお会いしてきました。アレルギーや化学物質過敏症、シックハウスの人達と関わるときに、いつも感じていたことがあったからです。というのは、住まいで改善できる症状はかなりあるものの、外に出ることが出来ない、仕事に就いたり、学校へ毎日通ったりといった普通の社会生活ができないなどの問題がどうしても残ってしまう。そのため、生きることはできても、人間らしく暮らすいわゆるquality of life(QOL)をある程度満たすということまでに改善するひととそうでない人がいるのです。

患者さんたちの話をいくつも伺う中で、食べ物の持つ重要さに気がついたのは、今から5,6年まえでした。アメリカで化学物質過敏症治療の先駆者であるのRea先生の本や、オーストラリアのLittle先生へのインタビューから、治療には住まいの環境整備が欠かせないこと、そして同時に断食や回転食を含む食物のコントロールが必須であることを知りました。

ドイツのルノー先生は、食物アレルギーではないと診断された人にも、必ずといっていいほどそれがあること、断食や、ビタミン、ミネラルの正しい摂取が必要で、それを行うことで化学物質過敏症もアレルギーも改善していくことを熱意をもって教えてくださいました。私自身そのことで、子供の頃から大好きで毎日1Lパックを空けていた牛乳にアレルギーがあることを知りました。それを絶つと、長年のアレルギー性鼻炎がいつの間にかなくなっていました。
ただ、これは全て日本以外の医療の話で、国内ではいまだに正しい診断すらされずに、最後には精神病院に入れられそうになってしまう始末です。いくら海外で進んでいても、日本のお医者さんが取り組んでくれなくては、絵に描いた餅のようでした。

山田先生はアメリカで分子矯正医学を修めた方で、日本で薬品によらない、正しい食事によって多くの現代病が改善できることを訴えています。日本の医療関係者の栄養知識の欠落の原因は、まず医大では習わないこと、次に薬を出すことで現在の保険診療が成り立っていること、日本の医学界の体質など、様々な要素がからんでいて、ビタミン、ミネラルといったことに目を向けようとしない状態が続いていることを山田先生は情けないこととお話されていました。
それを伺って思い出したのは、建築の大学では木造についても、建材の成分やそれが環境や人へ与える影響についても、ほとんど科目に入ってこないことでした。現在の1級建築士の資格保持者では、この問題は解決できないのは当然なのです。だって、習ったこともないのですから。
同じようなことは他の分野でも起きているのでしょうか。

ともあれ、心強い医学分野のご協力を得られることは、一歩も二歩も前進です!
とてもいい出会いであったと幸せな気持ちになりました。

帰りに清水の舞台を駆け込み参拝。改めて木造建築のすばらしさに感動しつつ、京都を後にしました。

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