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2012年3月15日 (木)

原発いらない!3.11福島県民大集会

東日本大震災から1年たった3月11日、
国立市の有志の人たちがバスをチャーターして、
福島県民大集会に参加するということで、加えてもらいました。

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東北自動車道を北上し、郡山インターに近づくにつれ、
関東から参加するバスも続々と見受けられました。
参加者の中には、簡易な放射能測定器を持ってきている人が数人いて
5つの線量計を並べてみたところ、たしかに数値は上がっているのですが、
5つの線量計はバラバラの数値を示していました。
数値の正確さよりも、個々の測定器の上がり下がりで見当を付ける程度のもののようです。

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会場である郡山市内の開成山野球場に到着しました。
1万6千人の人たちが、北海道から沖縄まで県内外から集まっていました。

加藤登紀子さんのミニライブに続いて、大江健三郎さんのスピーチ、
県内の農家、漁師、主婦、高校生の話が続きました。
どの話も心に迫るものがあり、固唾を呑んで聞き入ってしまいました。

その中で、大江健三郎さんが語っていた話が印象的でした。
ドイツでは、政府が科学・経済・倫理の専門家委員会に検討を依頼して、
その結果、科学や経済よりも倫理委員会の意見をもっとも重視した結果、
原子力発電を止めるという決断ができたのだそうです。

だから、私たち日本人も、子孫達に対して、政治的責任や経済的責任を果たすことよりも、
倫理的責任を果たすことが重要なのではないか、という彼の意見に、
会場では賛成の拍手が起こりました。
全くそのとおりだと思いました。

文筆家である大江健三郎さんの「人前で話すことはそれほど得意ではないのです」という朴訥な
語り方がとても印象的でした。

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最後に「原発はいらない」という集会宣言が読まれました。

その後、短い距離でしたが、デモをしました。
途中、公園などの芝が剥がされ、ロープが張られていて、
「除染済み」とか「除染中」といった表示があちこちに見られたり、
古いビルに大きな亀裂が入ったまま立ち入り禁止になっていたりする様子を
目の当たりにしながら、帰路につきました。

今回の集会は、全国からの福島県民の皆さんへ寄り添う気持ちを表すものと
思って参加してみたのですが、少し違和感を感じました。

というのは、到着した場所の目の前の学校の校庭で、何の防護もせずに野球部の少年たちが練習をしていました。バスから出た人たちが持ってきたマスクをし始めました。
「あなたたちはマスクをしないの?」とか
「自分達がマスクをすることで、郡山の人たちがいかに危険な汚染のなかにいるかということを
しってもらうためでもあるのよ」とか言われました。

私たちもマスクは持参していて、「もしかしたら被曝してしまうのかな」とも思いましたが、
そのときにはどうにもマスクをする気持ちになれなかったです。

それはなぜかなあと考えてみたのですが、郡山の人たちに寄り添うということを短絡的に考えたわけでもなく、
放射能の怖さを過小評価しているわけでもないのです。

ただ、勝手な想像ですが、郡山の人たちは、放射能の汚染が身の回りに来ていることを
おそらくだれよりも知っていて、知っていながら、ここで暮らさなくてはならないという、
どうにも解決のない状況に置かれているのではないかと思います。

もしそうであれば、その解決策も持たずに東京から来た私たちがマスクをして見せることは、
郡山で暮らす人たちにただ不安だけを残して立ち去ることになるのではないか、と
感じたのかもしれません。自分でもはっきりと言葉にすることはできないのですが。


マスクをするという1つの行為だけでも、自分の中で様々なネガティブな思考の断片が
渦巻いてしまって、処理できない状態になってしまいます。

集会宣言には、
「私たちの苦難は、このような社会的・経済的な被害から生まれるものばかりではありません。それよりもっと耐え難いのは、住民同士の間で生まれているさまざまな分断と対立です。」
と書かれていました。

原子力発電所の事故は放射能の恐怖もさることながら、
人と人との分断を生んでしまうところに、本当の怖さがあるような気がしました。

(タカシ&アキコ)

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