2016年11月20日 (日)

特撮とSFXとVFX

先日「シン・ゴジラ」を観て、特撮とSFX,VFXについて考えさせられた。
この3つは、現実にありえないものを映像にする技術です。

特撮とは、模型と着ぐるみを使って撮影する技術で、日本の怪獣映画に代表される技術。
SFXとは、70年代スターウォーズで生み出された技術で、
模型と背景が同じスピードで動くように、カメラをコンピュータで制御する技術です。
VFXとは、ジュラシックパーク以降使われるようになった、コンピュータ内で映像を作って動かしたり、合成したりする技術です。

古くからの怪獣映画好きの私としては、「シン・ゴジラ」は特撮ではなくて、
VFXで作られたと聞いて、初めは少しがっかりしましたが、
実際に観てみると、とても面白かったです。
たとえば、ゴジラの巨大な尻尾が逃げ惑う人の頭上を通り過ぎていく、
その手前に電車が通っていくような映像は、今まで見たいと思っていたけれど、
誰も作ってくれなかった映像でした。

技術よりも作り手のイマジネーションが先行している場合に、
素晴らしい映像が生まれ、映画自体も面白いものになるのだなあと思った。

つまりは、イマジネーションが一番大事であり、1つの技術に固執することなく、
適した技術を選んでいくことが、その次に大事だと思う。
最近のフルCG映画では、大事にする順番が違っているような気がする。

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2016年11月10日 (木)

シン・ゴジラ

シン・ゴジラを観た。
9月に立川の映画館で「爆音上映」で観ました。

山梨に来て、レイトショーでまだやっているのを発見。
また見に行ってしまいました。

ゴジラは子供のころから好きで、一通り観ているのですが、
平成版ガメラのような傑作がなく、寂しい思いをしていました。

一番面白いと思っていたのは、第一作の「ゴジラ」、
次は「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」(2001年)です。

(他の怪獣映画「ラドン」「モスラ」「サンダ対ガイラ」などは除いてます)

ところが、今回の「シン・ゴジラ」はすべての怪獣映画の中で、
もっとも面白いんじゃないかと思っています。

怪獣映画にはよく裏テーマがあります。
核の問題、公害の問題、自然災害、
政治の問題、多民族との関係などなど。

今回のゴジラもこれらのテーマを存分に盛り込んだものでした。
前半は、そのテーマを意識して観ていたのですが、
後半になると、そんなことを考えることがばかばかしくなるほどの
テンポの良さと、面白さ。

やはり映画は面白いということに尽きる、と思ってしまいました。

あと、夫婦のどちらかが50歳以上だと、
一人1,100円で映画を観られるということを初めて知りました。
歳をとるといいこともあるね。(笑)
これから映画館で観る機会が増えそうです。

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2015年9月30日 (水)

アドベンチャータイム

東京MXテレビで放映されている「アドベンチャータイム」というアニメが面白い。

「ジェイクとフィンはだーい親友」というフレーズで物語は始まる。
ジェイク(犬?)、フィン(人間の最後の生き残りらしい)が巻き起こす
意味不明の物語である。

あまりの意味不明さについ見入ってしまう。

意味不明の中にも、考えさせられるエピソードや
意味不明を通り越したオリジナリティに感心する。

たとえば、ジェイクとフィンのうちが巨人に襲われて、二人は食べられてしまうのだが、
そのおなかの中には、クマの恰好をしたパーティピーポーがパーティをしている。

たとえば、ジェイクの彼女、虹のようなユニコーンの親と会うシーン。
昔、犬族とユニコーン族が戦争になったので
ユニコーン族は犬族を憎んでいる。
ジェイクはユニコーン族のフリをして、親に認めてもらおうとするのだが、
途中でばれてしまう。
しかし、彼女の祖父は戦争中、犬族に助けられていたので
このユニコーン家族は犬族が大好きだった。

このめちゃくちゃな中に、なんとなくいいなあと思う話が混じっていたり、
まったく意味がわからない話がいきなり終わったり。

それがこのアニメの魅力となっている。

ジェイクの目が黒目と白目が逆転しているところが
最初に引き付けられた理由である。

興味のある人は、見てみてください。
感想を聞いてみたいな。

(タカシ)

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2015年5月12日 (火)

「インターステラー」

インターステラーという映画を観た。
とても面白かった。

近頃の宇宙を舞台とした映画は「スター・ウォーズ」に代表されるように
宇宙に人間がいること自体、至極あたりまえのように描かれている。

以前「ゼロ・グラビティ」という映画を観た時に
呼吸ができない恐怖や人類から引き離された孤独など、
人間が宇宙にいるということが、特殊であるという
とても当たり前のことが描かれていたことが新鮮に感じた。

ビデオ屋のポップには、
「『インターステラー』を好きな人は、『コンタクト』や『ゼロ・グラビティ』も
見てください。」と書かれていて、興味を持った。

僕は、この映画はスタンリー・キューブリック監督の
『2001年宇宙の旅』と同じテーマを扱っているように思う。

テーマは同じでも『2001年宇宙の旅』がより感覚的であり、
哲学的に描かれていると思う。
それに対して『インターステラー』は、より具体的で
エンターテイメント性が強く描かれていると感じた。

この2本の映画を比べた論評があるかどうかわからないが、
だれか映画好きの感想を聞いてみたいなあ。

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2012年5月10日 (木)

「シェーナウの想い」

ドイツで市民たちが作った電力会社のドキュメンタリー映画を観ました。

シェーナウは、黒い森「シュバルツ・バルト」にある、人口2500人の小さな町。

既成の大手電力会社との契約をやめて、市民が出資して新しい電力会社をつくり、
エネルギーの地域自立を、1997年に実現しています。

市民の電力会社が、大手電力会社から配電網を買い取り、
地域で眠っていた小さな水力発電所や太陽光発電、ガス(コジェネレーション含む)
などでできた電気を買い取って、町全体や他の地域にも配っているそうです。

シェーナウでこの運動が市民の間で起きたのは、
あのチェルノブイリ原発事故がきっかけだったそうです。

もちろん、いきなり電力会社をつくろうとしたわけではなくて、
節電大会でイベント化することで、だんだんと盛り上がっていったのだそう。
シェーナウのみなさんが、穏やかで楽しげなのが印象的でした。

こんなことができるドイツがうらやましいですよね。
すでにドイツでは、法律で自由化が進んでいて、独占を廃止していたからこそ
こういうことができたわけです。

でも、ドイツだって、10年ほど前までは、東京電力のような大会社が
発電も送電も独り占めしていました。

映画でも、既得権益を手放したくない電力会社が、法外な値段を吹っかけたり、
そちらよりの議員がいろんな手を使って、住民投票を妨害していました。

どこの国も、既得権益を持つ人の、顔つきや態度が似てる(笑)。

それでも、住民投票という強い意思表示と、具体的な出資によって、
法律が「絵に描いた餅」にならずに済んだんですね。

今の日本だったら、具体的に出資するよ!という人は大勢いるはず。
自分の意思で電気を選べる時代は、もう足音をたてて近づいていると感じます。

ただし、この動きは素晴らしいと思うけれど、何よりも日本の家庭は、
電気を使い過ぎだなあと感じます。
私が設計を始めたころは、契約アンペアはせいぜい多くても40アンペア位でした。
最近はオール電化だと、100アンペアのお宅も多いです。
(私のところに来る方は、エアコンなし派がほとんどなので、20Aというツワモノも)

今までと同じような使い方をしていては、いくら自由化しても
結局、市場原理で、大量に発電できるところが独占することになりかねない・・・。

地域で賄える電気に合わせて、暮らしをギアチェンジしてみましょう。

とりあえず今すぐできるのは、「アンペアダウン」。それについては、次回・・。


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2012年2月14日 (火)

「イエローケーキ」

ドイツ映画「イエローケーキ」を観ました。
原子力発電の燃料はウランという鉱物で、これを精製していくと黄色いケーキのような塊になるので、
こう呼ばれるのだそうです。

初めて知ったのですが、
ウラン鉱というのは、掘ってそのままでは使い物にならず、
掘った量の99%は使えない「クズ鉱」として汚泥として捨てられるのだそうです。

旧東ドイツ時代に掘られたドイツのウラン鉱山の「くず山」は、
まるでピラミッドのような巨大な遺跡に見えますが、ここから放射能がでるため、
掘った露天堀の穴に戻すために、いまなお巨額の税金が使われています。
精製した残りの「汚泥」はダムに溜められ、生き物の住める場所ではなくなっていました。

ドイツがあれほど早く脱原発を決断できたのは、この「負の遺産」によるところも大きかったのだろうと感じました。

ドイツは今は採掘していませんが、アフリカのナミビアやオーストラリア、カナダなどで
ウラン鉱が掘られ、原発の燃料となっているそうです。

私が一番印象に残ったのは、オーストラリアの原住民アボリジニの人たちの言葉でした。

先代が国の圧力に屈して採掘を認めた部族の土地が汚染されていくのを見て、
世界の人に訴えかけ、これ以上の開発を差し止めるデモをして、食い止めている子孫達や、
自分たちが代々受け継いできた森にウラン鉱脈があり、
大金持ちになれる可能性を知っていながら、開発を拒みつづけていることです。
「自分達はこの森から何でも手に入れることができる。それ以上はいらない」というような
ことを話していました。
こういう人たちの言葉を聴いていると、
目の前の利益に右往左往している現代の生き方が薄っぺらに感じてしまいました。

渋谷のUPLINKで上映中。
(あきこ)

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2011年7月 7日 (木)

ミツバチの羽音と地球の回転、観ました。

昨日、一橋大学の兼松講堂で「ミツバチの羽音と地球の回転」を観ました。
この映画は上関原発に反対する祝島の人たちを中心に、
スウェーデンで進んでいる風力や太陽光、バイオガスなどの再生可能エネルギーを
中心とした社会について、丹念に描かれています。

私が90年代の終わりにデンマークを訪れたときには、
100基の風車が回っていて、電力が自由化された、多様な仕組みがすでに始まっていました。
牛のフンを集めたバイオガスで、地域の暖房が賄われていました。
それから、10年以上経ったのに、日本は何も変わりませんでした。
この映画でも、スウェーデンの人たちがこう言っていました。
「日本は森も温泉の熱も海の波も、風もたくさんあるじゃないか。
なぜわざわざ高いコストをかけて、石油で電気を作っているのか。」

技術がないわけじゃない、仕組みが作られなかったことが問題だと感じました。
鎌仲監督も「まず、送電線を独占させている今の仕組みを替えることが大前提です」
と話していました。
自分の意思でエネルギーを選びとる時代が来るべきタイミングに差し掛かっているのではないでしょうか。
(アキコ)

今日のニュースで九州電力がメールによる情報操作を行っていた、
という事実を知りました。
昨日観た映画の鎌仲監督は、
「よくもわるくも変化を嫌うことがエネルギー政策転換への大きな弊害である」
と話していました。
それがまるで、具現化したカタチで見せられた気がしました。

ここ2,30年の間、世界のなかで、日本は進んだ国である、と錯覚していましたが、
風力発電やバイオマス、電気自動車などについてあまりにも遅れていることを実感しました。

モノや技術が遅れているわけではないようです。
なのに、実用的な運用があまりにも遅れているのが現状のようです。
それを変化させていくには、僕たちはとても遅れている、という謙虚な気持ちが必要だと思いました。

(タカシ)

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2010年10月16日 (土)

いのちの林檎 上映会にいってきました。

Photo


化学物質過敏症の娘さんとお母さんの放浪を追ったドキュメンタリー映画「いのちの林檎」を観に行きました。

新築の家で暮らし始めてから、それまで元気そのものだった娘さんの人生が変わっていきます。
芳香剤や農薬、シャンプーなど、ありとあらゆるものに反応して呼吸困難に陥ります。

最後に水すら飲めなくなったときに出会ったのが無農薬・無肥料でつくられた青森・木村さんの林檎だったという内容の映画でした。

2時間の長さを覚悟して行きましたが、木村さんのまるでムツゴロウさんのような素朴な明るい語り口や、
過敏症の早苗さんの悲惨な現状でも笑顔を絶やさない様子、母親との楽しげなやり取りなど、
あっという間に時間が過ぎ、つらい中にも強い希望を感じさせる映画でした。

映像を観ながら、今までご縁のあった患者さんたちのことを思い出していました。
行く場所がなくて、必死の思いで避難先をさがしている人、
理解のないアパートの大家さんに出て行けと言われて地方にかろうじて逃げ場所を確保できた人、
明け方に着の身着のままでうちの店に避難してきた人、
職場で発症して、仕事を辞め、山の中で半分テント暮らしをしている若者、
避難先と自宅とを往復する生活を続けながら、なんとか仕事を続けている女性・・。

たいてい古家を探すのですが、古い家は芳香剤やシロアリ駆除剤を長年撒いていることもあり、なかなか簡単には見つからないのです。
見つかっても近くの家でシャンプーを使われたら、もう住めなくなってしまうわけです。

最重度の人は、早苗さんのように木の家に住むことすらできません。
木材、とくに杉やヒノキなどの針葉樹はテルペン類等を含んでいるので、その天然成分に反応してしまいます。

早苗さんはオーガニックコットンの衣服を着ていましたが、オーガニックコットンは綿花に含まれる油分を取り除かないため、その油分のにおいに反応してしまう患者さんが多いので、おそらく早苗さんも何回、何十回と洗ってから着ることができているのだろうと想像しました。

転地してテストした材料だけで家をつくって、元気に暮らしている人もいますが、
自分の耐えられる場所を探しだし、しかも家を建てられる人は多くはありません。
ここなら!と選んだ土地に建て始めたら、周りに家が建ってしまい、いられなくなった人もいます。
「何年かぶりにぐっすり眠ることができました」という言葉を聞いたあとだっただけに、
やりきれない、無力感を感じたこともあります。

建築で避難する箱をつくることはできても、周りの空気をよくしなくては根本的な解決にならない・・。
過敏症の相談を受けるたびに、自分の無力を感じてがっくりきますが、
けれどもできることはたくさんあるぞ!とパワーが湧いてくる、そんな映画でした。
製作してくださったみなさん、ありがとう!!

10年ほど前だったと思いますが、ドキュメンタリーではないのですが、過敏症のことが映画化され、渋谷で上映されました。
アメリカ映画で「SAFE」という題でした。
リッチな生活をしているマダムが新しい家に新しい家具をそろえていくのですが、
突然鼻血を出したり、倒れたりするようになります。
そのうちに、仲間のリッチなマダム達の香水等に耐えられなくなり、コミュニティから孤立していきます。
そして最後にたどりつくのが、砂漠の中に共同生活をしている怪しい新興宗教団体・・・。
という映画でした。

今もそのときのパンフレットがありますが、社会的に孤立した人が取り込まれていく様子が描かれていて、怖いと思った記憶があります。
身近なコミュニティーから弾き飛ばされがちな化学物質過敏症の患者さんたちを温かく受け入れる地域づくりも大切だなあと感じました。 

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